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ちょこっと気になる活版印刷|「印刷学」コラム

普段から印刷になじみのある方もそうでない方も、活版印刷という言葉はご存知でしょう。

活版印刷とは文字通り「活字版=活字を組み並べて作った版」を用いた印刷のことです。
今から500年以上前、ヨーロッパでインキが改良され、本格的な活版印刷の技術が発明されたことで、
印刷物によって情報があっという間に広がる時代がやってきました。

しかし、実際にはどうやって活版印刷が広まっていったのでしょう?
そもそも印刷物が広まる前はどんな書物があったのでしょうか?

今回の記事では、少し気になる500年前の活版印刷についてお届けします。

▼ 最初の活版印刷物「インキュナブラ」

「インキュナブラ」とは15世紀の活版印刷の最初期に作られた印刷物であり、現在では1500年以前に印刷されたもののことを指します。それまでの西洋社会では、書物と言えば「写本を意味しました。

写本は主にキリスト教に関する目的で作られ、文字だけではなく華麗な装飾や挿絵が施されました。
活版印刷の登場によって本の制作スピードが格段に向上し、書物は徐々に写本から印刷本へと変化していきますが、その過程で生み出された印刷物がインキュナブラでした。

下の図は片方が写本、もう片方がインキュナブラです。どちらが印刷物かわかりますか?

左:アリストテレス「オルガノン」(写本) 右:「ラテン語聖書」(インキュナブラ)
画像出典:国立国会図書館「インキュナブラ -西洋印刷術の黎明-」 (https://www.ndl.go.jp/incunabula/)

インキュナブラは必ずしも写本のスタイルで作られていたわけではありませんが、金属活字を用いていたものと定義されています。ただし当時は出版年や出版社を奥付に残す習慣がなかったため、現存しているインキュナブラのほとんどは「いつ、だれが、どこで」印刷したのか明記されていません。

なので印刷物に用いられている活字から印刷所を特定したり、暦の情報などから印刷年を推測することで、金属活字を用いたインキュナブラか、そうではないもの(木版印刷かが判断されます。そうした研究が今日も続けられています。
このように活版印刷の最初期の印刷物については、まだまだはっきりしないことがたくさんあるようです。

▼ グーテンベルクと活版印刷ビジネス

15世紀のドイツ人、ヨハネス・グーテンベルク(1398年頃ー1468年)は、活版印刷の技術を改良・発明した人物としてよく知られています。
ですが彼について歴史上の記録はそれほど残されておらず、実は活版印刷の本当の発明者が誰かも、はっきりとはわかっていません。

グーテンベルクについて確かなことは、マインツという都市で活躍した印刷職人だったということです。彼はとても野心家で、印刷事業を始める前から様々な事業に挑戦しては失敗を繰り返し、その後借金をしながら印刷術の改良に取り組み始めました。はじめは当時人気があった教科書や、小型のパンフレットなど、どちらかと言えば庶民的な出版物から手がけていたようです。
ただし、この頃は奥付の習慣が根付いていなかったため、最初期のグーテンベルクの印刷物は断片しか残されていません。


教科書類の次に着手したと考えられているものが、『42行聖書』を始めとする聖書の印刷でした。15世紀の前半は時祷書(じとうしょ)と呼ばれる聖書の副読本の方が需要があり、聖書の生産そのものは既に落ち着いていました。
そうした中でグーテンベルクはあえて聖書の印刷に踏み切り、1282ページにも及ぶ分量、文字だけではなく時に細かな挿絵も組み合わされる、複雑で巨大な印刷事業を軌道に乗せることに成功しました。共同出資者の援助を受けて複数台のプレス機と、聖書用に作り直した活字と、さらに大量の高価な羊皮紙への資金繰りもこなすことができたのです。


問題は活版印刷がまだまだ発展途上の技術だったために、一連の作業に莫大な時間を必要とし資金の回収にも時間がかかってしまったことでした。
印刷物の在庫管理や継続的な資本の投入、さらに共同出資者との仲違いなど沢山の経営上の困難に直面し、最終的にグーテンベルクは多額の債務を返すために印刷工房を手放すことになってしまいました。



グーテンベルクは印刷史上で大きな役割を果たしましたが、自らの功績に見合った名声を得ることは叶わず、破産の末に亡くなってしまいました。

活版印刷という画期的な技術が誕生したとはいえ、印刷事業がきちんと利益の出せる商業ビジネスとして確立するにはもう少し時間を必要としました。

ヨハネス・グーテンベルク

42行聖書』(部分拡大図)

当時の木製の活版印刷機

「ルネサンスの三大革命」と呼ばれている活版印刷、その背景には未だに多くの謎が残されていました。

ですが、グーテンベルクや当時の印刷職人たちの試行錯誤が生み出した印刷技術の革命が、
社会や文化、そして世界の大転換をもたらしたことはゆるぎない事実
です。

これからの印刷がどうやって世界を変えていけるのか、歴史を振り返りながら考えていきたいですね。



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(参考)
■アンドルー・ペティグリー著『印刷という革命』白水社、2015年
■国立国会図書館「インキュナブラ -西洋印刷術の黎明-」 (https://www.ndl.go.jp/incunabula/)
(2023年11月22日閲覧)
■慶應義塾大学メディアセンター デジタルコレクション「インキュナブラと慶應義塾図書館コレクション」
(https://dcollections.lib.keio.ac.jp/ja/incunabula/explanation)(2023年11月27日閲覧)

この記事を書いた人:営業本部 山本

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